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りんりんさんのブログを読んで

自分が小学校の頃の夕食時のことを思い出していました。



仕事から帰って来て

ほろ酔いで機嫌が良くなった父は、

一緒に食事している子供の私に向かって

ながながと教訓のようなものを話し始めるのでした。

その頃は、「かわいそうな母」をいつも泣かせる

暴力的で、すぐ大声でどなる父に私は怯え、怒り、

心底軽蔑していました。

だから私はそんな時いつも

ただ、時間が過ぎてくれるのを願い

父の話は右の耳から左の耳へ抜けて行っていました。

時には、自慢そうに一方的に話す父にうんざりして、

思ったことや、ひねくれた反論を言ったこともあるのです。

確か、一度は

父の話は、全校朝会や、始業式なんかでの、つまんない校長先生の話みたい。

そう言ったと思います~(正直すぎるやろ私(^_^;))

そのあとは、言わずもがな

私は、木っ端微塵に罵倒され、説教が長くなるだけでした。

父が言うには、お前というのは、そんなことでは最低だ。

結論は、いつもそんなかんじでした。


最低の人間に、最低の人間だ、と言われた(と思っていた)私。

そんな、人間でもないような私に、生きている資格があるのでしょうか。

そんなことが続くと、自分が自分であるように生きて行くために、

父を、狂人か、悪魔に仕立て上げて自分に信じ込ませていくようになりました。

そして、思ったことを言うと、自分の最低さが、ばれてしまう。

自分が痛い目に会う。

残っているのは私の胸の中の、怒りだけ。

そうやって、無気力になり

「戦わない」「言わない」を選んで行ったのではないか、と思いました。

長い年月をかけて

自分を守り、言わないでいると、言えなくなり。

回りにに対しての証拠集めだけをしてきました。

よくぞ、ここまで守り通してきたものだ、と思います。


今は、結局はじめっから、守ってきたものは、母だったのだと思います。










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