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4月分  覚書

子供にとって

知らないところに置いて行かれる

一人で置いて行かれる


恐怖なのではないか。


お母さんが死んでしまうとか

お母さんがいなくなってしまう。


置いて行かれる。

誰もいなくなる。

一人になる。


親に愛されていると自覚はなくても、

肌で感じている人は

日常の中では、そんなことで不安にはならないのかもしれません。


私は小さい頃いつもその恐怖が消えなかったと感じます。

お母さんは、この家庭で幸せそうにはみえないし

私のせいで、お父さんに怒られて泣いてることが多いし

お父さんは、お母さんがいなくなっても平気みたいだし。

死んじゃってもいいみたい。

死んじゃったら新しい奥さん もらうって嬉しそうに言ってたし。

今、考えると、んなわけないじゃん、って思えるけど

その考えは、小さな私の心を、そのたびにえぐるのに十分でした。





大人になっても、その不安をそのまま夫に向けて

夫に捨てられたらどうしよう

一人になるのではないか

愛情をなくしてしまうのではないか

そしたらもう、この世の終わり

私はなにもかもなくしてしまう そんな不安



無意識に

恐怖を感じていて

それだから

腹が立っても何も言えず

波風立てたくなく


だまったまま

がまんしてきたのではないだろうか。



子供にもそれを知らしめるため


お母さんがいなくなったらどうなるか

怖いでしょう

寂しいでしょう

あなたは生きていけないでしょう

いい子でいないと、そうなるのよ。。。。


アピールし続けてきたとしか考えられない。

言葉で言ったことはないけれど

今にも飛んで行きそうに、心が「ここ」にないことは、子供は感じていたでしょうから。


そうじゃなければ

「お母さんが死んだら私も死ぬ」

そんなこと言う子供になることはなかったでしょう。




私が、不安だったのだ、と

自覚できるようになって




そういえば、いつのまにか、娘も

私がいなくなることへの恐怖を言わなくなりました。


今でも、勉強のことを気にするのは

私への恐怖があるのでは、と思う時があります。


安心に満たされた気持ちを、与えられたら、と思います。















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