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6月23日振り返り

6月・子供は入学して、周りが見えだす頃タイムラグが出る

5月までに人間関係の構築ができる
(自分が通学などでいっぱいいっぱいだと、周りも見れない)

「めんどうくさい」の言葉の中身

友達と一緒にいると、違和感を感じる。

一人はさみしいけれど、それを感じないように「めんどうくさい」になる


感情開放すると、これでいいのか、という処罰感が出てくる

楽しいことを覚えていれば、また同じことをしたくなるはずだけれども

またしたくなるためには、欠乏しなくてはならない?

楽しいことばかりでは、いごこちが悪い(閉塞感。罪悪感)

感情開放→自由


子供のころ、家に帰った時、楽しかった顔のままで帰れなかった。

子供のころの癖を今でもしている

自分の気持ちが緩んだ時が大切 本心が出てくる


ゲーム・・・人の話を聞きたくない?ほかのことに熱中して、見ないようにする

楽しんだ罪悪感

できない劣等感

楽しんだことを維持できない

私も、楽しかったことを何度も話して記憶を固定していく、ということをしていない。


いごごちのいい場所と、定位置の居場所は違う

場所だけ、人数だけを広げるのか、内面をひろげるのか。

いつも、足にぴったりな靴を探しているのは、靴下を隠したい、から来ているのではないか。

自分の着たい服、好きで、履きたい靴、なら、心が喜び満足するはず

隠すためのものならば、満足しないものに執着していることになる。いつまでも満足せず、さまようことになる

靴下のことを、わかってほしい、の気持ちが完結していないのに、靴のことを満足したら、靴下のことがおいてきぼりになってしまう。
完結していくプロセス、記憶の中にあるのかも。


おやつに、手をかけたスパゲティーを出すのは苦にならない

調理実習で失敗した思い出

スパゲッティーに水をかけた記憶 笑った、許した

ゆでる行為に緩和があるのかも

パンは、好きなのか?
私は、パンを自分で作っている、手をかけている、というやり返しではないか。



子供が落ち着いているように見えるときは、溜めていっているのでは

試験を受けない選択をしたことで、安堵しているが、タイムラグで「できない自分」に落ちる

できなかった→処罰感情がのしかかってくる

現代の子供の力量のなさが、喜んではならない、を作っている

笑うには、笑う力がいる

子供同士では、つっこむことも、それを笑うこともできない

縛りを与えてしまっているので、過敏になっていて、傷つけ、傷ついてしまうので、そこを大人は認識しなければ、変われない。

親は、自分はこんなに我慢して、頑張っているのに、と思っているけれど、これは自分のトラウマからきているので、

ここがわからないと、同じトラウマを見ることはできない






















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